嫌われるくらいがちょうど良い!関西人に学ぶ、嫌われることの極意

嫌われるのは悪いことではありません。小さい頃は人に嫌われてはいけないと言われて、大人になった今でもそれを意識している人はいるかもしれません。

 
しかし、それは誤った考えです。そもそも何で人に嫌われてはいけないのでしょうか。人から良く思われたいから?自分が傷つきたくないから?平和に過ごしたいから?様々な理由はあるでしょうが、その如何なる理由も実現出来ない事を証明させましょう。
 

生きてる以上人から嫌われるのは避けられない

 
100%誰からも好かれる人間はいません。例えばどっかの国の新しい大統領に就任した人で、支持率100%の人を見たことがありますかね?いないですよね。芸能人好感度ランキングでも、好きな芸能人にランクインしてる人が嫌いな芸能人にもランクインしてるのは良くある事です。

 
 
どんなに好感度が高い人であっても皆に好かれてる人はいないんですよね。

 
 
この事に気付いたら、嫌われることを恐れるのがアホらしく感じてきます。寧ろ恐れれば恐れるほど、不必要にそれがストレスになって自分を傷つけるだけな気がします。

 
 
だからこそ、関西人が嫌われても全然気にしない姿勢は勉強になります。例えるなら、周りはガラケーばっかりなのに、自分はスマホを持って先端の方に行ってる感じなんですよ。

 

嫌われるのをあまり恐れない関西人は結構得してる

 
それじゃあ何が勉強になるかって言うと、自分の利益をストレートに追求してるから勉強になるんですよね。他人に嫌われたとしても、結果的に自分が得するんだったら、別に嫌われてもええやんと言う発想に基づいてて、自分が主語になってるんですよ。これめちゃくちゃ重要な点です。

 
 
人生って他人の為に生きてる訳でなく、自分の為に生きてるから人生ですよね。

 
 
日本人の典型的な特徴ですが、他人に気遣いし過ぎてて自分を主体的にしてるの忘れてませんかね。他人の為に生きると、その他人がいなくなったら生きる目的見失いますよ。しかも他人に合わせ過ぎて自己犠牲してることもありますし。

 
 
その点、関西人は他人のことなんて気にせず、自分の為にズバズバ言います。関西はある意味東京よりも個人主義が強い所でもあるんですね。だから人から嫌われやすいですけど、その代わり自分が結構得してます。

 

誰からも好かれようとする人は無個性になるだけ

 
誰からも好かれようとしたら、上っ面だけになるんですよね。中身が奥深くなく、上辺のことしかわからないので個性がないんです。結局特定の人と親密になることもないので、何だかよくわかんないけどとりあえす良い人になるんです。つまりただの人になるんですね。

 
 
たった一度の人生、ただの人で良いんでしょうか?それで終わるってつまんない気がします。

 
 
逆に個性がある人って、特定の分野の中身が深くてインパクトありますし、人に嫌われるのを恐れていないですよね。芸能人なんか最たる例です。個性勝負の世界ですから、嫌われることは売れる為に欠かせない訳です。Youtuberや会社を起業して社長になった人、アメリカの大統領とかもそうでしょう。

 
 
関西人も喋りや、話の振らませ方は日本でもトップクラスに入りますし、物怖じせず直球で言う姿勢は嫌われる要素テンコ盛りです。でも、個性は日本の中でも随一です。著名な有名人は関西出身の人が多いですし、経済界や政治家、芸能界では関西人で溢れてます。個性が得ばっかりしてます。

 

おわり・嫌われることは己を貫き通すこと

 
嫌われることは悪いことではありません。損することも、自分が得することに比べたら微々たるものです。嫌われることは、個性を発揮してる証でもあり、貴重な人生の中で花を咲かせてるような羨ましい状態なんですよ。

 
 
個性は無個性を支配します。誰からも好かれるのは、自分を無個性に追いやり、個性ある人に支配されるのを望んでるようなもんでしょう。せっかく人間で生まれてきたんですから、嫌われるのを恐れない個性豊かな人間の方が色々と面白いと思いますよ。 


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